心理的ストレスと対処法

IV 心理的ストレスと対処法

新型コロナウイルス感染症によって、社会全体に不安や混乱が生じていますが、皆さんも様々なストレス、精神的苦痛を感じている人も少なくないと思います。そのように感じるのは通常の反応であることを知り、対処法についての情報を得ることで、この状況下でもストレスマネジメントは行うことができます[1]。その一助となるよう、ストレスマネジメントについて説明します。

・ストレスとは

「ストレス」とは何でしょうか。一般的には,自分たちにとって望ましくない状態を引き起こす要因を指すこともあれば、それによって引き起こされた望ましくない状態を指すこともあり、原因と結果の2つの意味合いで使用されます。「ストレス」は、元来は物理学や工学の分野の用語で「物体に圧力を加えることで生じるゆがみ」を意味しましたが、カナダの生理学者のSelye[2]が「生体に影響を及ぼす外的刺激によって引き起こされる生体が示す反応」に対して用い、現在のストレスに対する概念が確立されました。ストレスの原因となる刺激を「ストレッサー」と呼び、心理面、身体面、行動面の反応として現れる生体の反応を「ストレス反応」と呼びます。ストレス反応に十分に対処できないでいると、メンタルヘルスの不調や心身症につながります。しかし、同じ状況下でも、ストレスは人それぞれです。例えば、大学に入学したとき、「うまくやっていけるだろうか」と不安になる人もいれば、「頑張っていくぞ」と期待に胸膨らませる人もいます。このように、ストレッサーに対する「評価」により、ストレス反応は変化します。この評価のことは「認知的評価」とも呼ばれ、ストレッサーに対し、その出来事が自分にとってどの程度脅威となるかの評価(一次的評価)と、その状況下で、何ができるか、対処できるかといった対処可能性の評価(二次的評価)がなされます。つまり、個人がストレッサーをどのように理解し、どのように対処できると考えるかという認知的な要素がストレス反応に大きく関与します。そして,ストレッサーを解決するために、あるいはストレス反応を軽減させるために行われる、個人の認知的および行動上の努力のことをストレスコーピングと呼びます。また、これらの認知的評価やコーピングを支える資源として、ソーシャルサポートや社会的地位などがあります。これらの考えを総合的に理解するときに,下図[3,4より一部改変]のようなストレスモデルが役立ちます。

・ストレッサー

私たちが経験するストレッサーの分類方法はさまざまありますが、ここでは、「ライフイベント」「デイリーハッスルズ」「トラウマティックな体験」の3つのストレッサーに分けて解説します。「ライフイベント」とは、人生において大きな変化をもたらす出来事のことで、家族との死別、離婚、失業などがあります。引っ越し、入学、就職、結婚といった、一見肯定的なライフイベントも、生活が大きくかわるため、ストレッサーとなり得ます。「デイリーハッスルズ(daily hassles)」は、普段から経験するような日常の些細な出来事のことで、これも重要なストレッサーです。例えば、満員電車での通勤・通学、友人の態度、子育てなどが含まれます。「トラウマティックな体験」は、災害、事故、戦争、虐待など、生命に影響を及ぼすような体験のことです。

 毎日繰り返される新型コロナウイルス感染症のニュースに触れることや、感染の恐れ、外出自粛、マスク不足、経済的な心配などはデイリーハッスルズです。この4月に入学や就職した方は、ライフイベントも重なりました。また、自身が感染したり、社会的不安からの暴動に巻き込まれたりすれば、それはトラウマティックな体験となり得ます。

・ストレス反応

外的刺激によって生体が示す反応自体は、生体に備わった適応的なものです。しかし、長期間のストレッサーあるいは強いストレッサーによって、望ましくないストレス反応が生じます。ストレス反応として現れる症状には個人差がありますが、その一例を示します。心理面の反応としては、不安、気分の落ち込み、イライラ、恐怖、怒り、罪悪感、孤独感、無気力、否定的な考えなどがあります。身体面の反応としては、動悸、頭痛、体のふしぶしの痛み、食欲低下、便秘、嘔吐、下痢、不眠など、全身にわたります。行動面の反応としては、怒りの爆発、引きこもり、場当たり的な反応、拒食や過食、飲酒量や喫煙量の増加、ストレス場面からの回避行動などがあります。そしてこれらのストレス反応は相互にも影響します。(例:イライラ→過食→下痢→引きこもり→運動不足→体の痛み→不眠→不安)

・ソーシャルサポート

 ソーシャルサポートとは、「個人を取り巻く人間関係から得られる、有形・無形の支援」[5]のことです。例えば、家族や友人、職場の同僚などからのサポートのことですが、具体的に援助してもらうことだけではなく、次のようなものが含まれます。共感、安心、愛着、尊敬の提供といった「情緒的サポート」、サービスの提供や仕事の援助といった「道具的サポート」、問題解決の手助けや情報の提供といった「情報的サポート」、肯定的な評価の提供といった「評価的サポート」です。ソーシャルサポートの効果としては、高いストレスに対して健康度の低下を軽減すること(緩衝効果)と、ストレスの高さに関係なくストレスの影響を軽減すること(直接効果)が確認されています[6]。孤立を避けることはとても重要です。実際に友人と遊びに行けなくても、SNSやオンラインでつながることでソーシャルサポートを得ることができます。また、保健センターも、あなたにとって大きなソーシャルサポートです。

・ストレスコーピング

 問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングの2つに大きく分けられます[7]。前者は、ストレッサーとなっている状況や問題に働きかけ、それを直接解決する対処法であり、後者は、実際の状況を変化させるのではなく、ストレッサーがもたらす不快な感情を軽減させる対処法です。問題焦点型コーピングがうまくいってストレッサーが根本的に解決すれば得られる効果も大きいですが、現実的にはストレッサーが解決されるのは困難なことが多いです。そのようなときには、リラクセーション法を実践したり、いろいろなストレス解消法を試したり、またはその状況をストレスと捉えるのではなく、自分の可能性を試すチャンスと捉えるといった認知的な試みで、情動焦点型コーピングを用いる方が有効なことも多いです。さまざまな状況に適応するためには、偏った対処様式に頼るのではなく、コーピングのレパートリーが豊富であることが重要です。例えば、外出自粛がストレッサーになっていても、自宅でできることを考え、これまで買ったままだった本を読んだり、部屋の片づけをすることができると前向きに捉えることができれば、ストレスは軽減します。

・ストレスマネジメント

ストレスマネジメントには、ストレスへの備えと、ストレスを受けたときの対処の二段階があります。ストレスへの備えとしては、個人のレベルでは、普段から規則正しい生活習慣などの健康行動をとっておくことや、レジリエンスを高めておくこと、ソーシャルサポートおよびコーピングスキルを充実させておくことなどがあります。大学などの集団のレベルでは、メンタルヘルスに関する情報提供や相談窓口の設置などがあります。次に、ストレスを受けたときの対処についてですが、まず、自分自身がストレッサーやストレス反応に気づくことが重要です。そしてそれを軽減・解消していく手段を講じていきます。ストレス反応を軽減させる方法はさまざま[4]ですが、先ほどの図で示した「ストレッサー」「評価」「ソーシャルサポート」「コーピング」へのアプローチ、すなわち「ストレッサー自体を減らす」「ストレスに対するとらえ方を変える」「周囲の人たちと助けあう/助けを求める」「ストレス解消法を増やす/実践する」の4つのポイントを意識するのが良いでしょう。最近は、スマートフォンのアプリやインターネットを使ったストレスマネジメントプログラム(科学的に効果が実証されているかは別として)もいろいろありますので、試してみるのも良いでしょう。

・新型コロナウイルス感染症関連のストレスマネジメントに関するサイトの紹介

東京大学相談支援研究開発センター:新型コロナウイルス感染症防止対策に伴う、心理面の対応について~教職員の皆さまへ
http://dcs.adm.u-tokyo.ac.jp/scc/scc-info/1189/

東京大学相談支援研究開発センター:新型コロナウイルス感染症に関連する対応について~学生の皆さまへ
http://dcs.adm.u-tokyo.ac.jp/scc/scc-info/1203/

東京大学大学院医学系研究科精神保健学分野『いまここケア』:新型コロナウイルス感染拡大防止のために自宅で過ごす方に向けたメンタルヘルス情報サイト
https://imacococare.net

日本赤十字社:「感染症流行期にこころの健康を保つために」シリーズ
http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200327_006138.html

日本うつ病学会:「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的大流行下におけるこころの健康維持のコツ」の日本語版のご紹介
https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/2020-04-07-2-covid-19.pdf

日本心理学会:もしも「距離を保つ」ことを求められたなら:あなた自身の安全のために
(米国心理学会のWeb記事“Keeping Your Distance to Stay Safe”の日本語訳)
https://psych.or.jp/special/covid19/Keeping_Your_Distance_to_Stay_Safe_jp/

日本ストレスマネジメント学会:新型コロナウイルスに負けるな!みんなでストレスマネジメント
https://plaza.umin.ac.jp/jssm-since2002/covid-19/

WHO:Mental health and psychosocial considerations during the COVID-19 outbreak
https://www.who.int/publications-detail/mental-health-and-psychosocial-considerations-during-the-covid-19-outbreak

WHO神戸センター:流行下におけるストレス対処(ページの下のほうで英語版、日本語版のファイルをダウンロードできます)
https://extranet.who.int/kobe_centre/ja/news/COVID19_specialpage_public

国連機関間常設委員会(IASC):Interim briefing note addressing mental health and psychosocial aspects of COVID-19 outbreak(日本語版あり)
https://interagencystandingcommittee.org/other/interim-briefing-note-addressing-mental-health-and-psychosocial-aspects-covid-19-outbreak

米国疾病予防センター(CDC):Stress and Coping
https://www.cdc.gov/coronavirus/2019-ncov/daily-life-coping/managing-stress-anxiety.html (This page does not exist anymore.)

・参考文献

1) B. Pfefferbaum, C.S. North. Mental Health and the Covid-19 pandemic. N. Eng. J. Med. 2020; 10.1056/NEJMp2008017.

2) Selye H. A syndrome produced by diverse nocuous agents. Nature 1936;138(3479):32.

3) Ice GH, James GD. Measuring Stress in Humans A Practical Guide for the Field. Cambridge University Press.; 2007.

4) 吉内一浩編集. 今日から実践! 日常診療に役立つ行動医学・心身医学アプローチ. 医歯薬出版; 2018,

5) Caplan G. Support Systems and Community Mental Health: Lectures on Concept Development. Behavioral Publications; 1974.

6) Cohen S, Wills TA. Stress, Social Support, and the Buffering Hypothesis. Psychol Bull. 1985;98(2):310–57.