総論

II-1) 総論

1.COVID-19とは?

COVID-19は新型コロナウイルスである、SARS-CoV-2という名前のウイルスによる感染症のことです。(ここでは統一して新型コロナウイルス感染症と表記します)

コロナウイルスは一般的に流行性感冒の原因になる一方、過去にSARS(2002年-)やMERS(2012年-)のように主に重症肺炎を引き起こす感染症の流行を引き起こしてきました。これらは互いに異なるコロナウイルスによる感染症でした。

今回もこれらとは異なる新型コロナウイルスが原因であり、2019年末に中国湖北省武漢市で肺炎患者の集団発生が報告されて以降、現在至るまで世界的な流行を引き起こしています。

2.コロナウイルスとは? ウイルスってどんな性質を持つでしょうか?

コロナウイルスは1本鎖RNAという核酸(遺伝子を持つ)を内部に持ち、その周囲をタンパクの殻で包まれている構造を持ちます。


(国立感染症研究所HPより、新型コロナウイルスの構造)

円形の膜上に突起がたくさん見えますが、これらが王冠(ギリシア語でコロナ)に見えるのでコロナウイルスと呼ばれます。
ウイルスは自己単独では増殖できません(=自己複製能力がないので生物ではない)が、細胞に侵入して自己の核酸やタンパク質を複製、合成させる事で増殖し、細胞を破壊してまた別な細胞に感染して…を繰り返していきます。新型コロナウイルスでは、ACE2という肺で多く発現する受容体から細胞に侵入することが知られており、肺炎を引き起こしやすいと考えられます。

3.新型コロナウイルスは遺伝子変異をしやすい? その何が問題でしょうか?

一般にウイルスは増殖にあたり、遺伝子の突然変異が起こりやすいと言われます。コロナウイルスと同じ1本鎖RNA を持つウイルスであるHIVでは特に遺伝子変異が高頻度で起こることが知られており、今回の新型コロナウイルスでも同様の性質を持つ可能性があります。

遺伝子変異が高頻度で起こると、遺伝子を元に作るタンパク質の構造に変化が起こりえますが、治療薬やワクチンはウイルスの作るタンパク質(酵素や膜上のタンパク質)を標的にする事が多く、この構造が変わるとこれらの効果が弱くなる、効かなくなる事が想定される為、厄介な問題になります。(もちろんそういった事を加味して様々な薬やワクチンがウイルス治療に開発されてきましたし、今回の新型コロナウイルス治療においても同様と考えられます)

これまでのところ、この新型コロナウイルスにはいくつかの遺伝子型があることがわかってきていて(Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 Apr 8. pii: 202004999 など)、現在ヨーロッパを中心に流行している株と中国で流行している株は異なるタイプと言われています。現在日本で流行している株は欧州株である事が国立感染症研究所のゲノム分子疫学調査で判明しています。最近オンラインで掲載された米研究所からの査読前論文では(https://doi.org/10.1101/2020.04.29.069054)、ウイルスの構造に重要なSタンパクに現時点で14箇所の変異が認められており、この中でもD614Gという変異を持つ株は2月初旬から欧州から全世界に広まり、この変異ウイルスの感染患者は、変異を持たないウイルスに感染した患者より検体に含まれるウイルス量が多い事が指摘されています。病原性や流行のしやすさ、治療感受性などはさらなる研究が待たれます。

4.環境中にどの程度活性を保っていられるか 生活環境のどの場所に存在している?

最近発表された論文によると、新型コロナウイルスは5μm以下の粒子が空気中に浮遊している(エアロゾルの)状態で、少なくとも3時間活性がありました。

また、付着する状況に関してはステンレスやプラスチック上でより長く生存(ウイルス量は顕著に減るものの、72時間後でも活性を確認)する一方、ボール紙では24時間後には活性が失われ、銅(抗菌活性がある)の上では4時間後に不活性化されていました。

研究者らは、過去にSARSを引き起こしたSARS-CoV-1と新型コロナウイルスを直接比較した上で、これらの新型コロナウイルスの性質は以前のSARSのウイルスと類似していると述べています。

この結果からも密閉空間を作らず換気を行う事が大切であり、また物を介した感染にも注意すべきで、手洗いや表面の消毒の重要性を改めて指摘するものと考えられます。

また、2020年2月に発生した、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号における新型コロナウイルス集団感染における船内環境検査の報告が5月3日付で国立感染症研究所よりリリースされました(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov.html)。それによると、新型コロナウイルス感染者が在室していた部屋(有症状者、無症状者に関わらず)において、浴室内トイレ床13か所(39%)、枕11か所(34%)、電話機8か所(24%)、机(8%)、TVリモコン7か所(21%)でウイルスのRNAが検出されました(括弧内は検出頻度)。ウイルスそのものは分離されませんでしたが、接触伝播の可能性を考慮し、これらの物品は適切に清掃・消毒・洗濯すべきであると述べられています。また、症状の有無に関わらず環境が汚染されている事も重要な知見です。

最後にSARS、MERS、新型コロナウイルスの比較を記載します。

SARS(2002年) MERS(2012年) COVID-19(2019年)
発生場所 広東省(中国) アラビア半島 武漢、湖北省(中国)
宿主動物 コウモリ(ハクビシン?) ヒトコブラクダ
ヒト-ヒト感染 あり あり あり
基礎再生産数 (感染力) 2~5 1以下 1.6~4.2
致死率 約15% 約20% 1%~  (疾患ある高齢者)