文献紹介(2020年5月17日改訂)

VI 文献紹介

新型コロナウイルスは、2019年12月に中国湖北省武漢市で発生した肺炎患者から検出された新種のコロナウイルスです(N Engl J Med. 2020;382:727-733)。またたく間に全世界に拡散し、2020年3月には世界保健機関よりパンデミック宣言がなされました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は現時点において、人類にとっての最大の脅威であるといって過言ではありません。

ヒトに感染するコロナウイルスは7種類が知られており、うち4種類は風邪の原因の10-15%を占めるとされています。残りの3種類は、2002年に発生したSARSウイルス(SARS-CoV)、2012年に発生したMERSウイルス(MERS-CoV)、そして新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)です。新型コロナウイルスのゲノム配列からは、センザンコウやコウモリに感染するコロナウイルス(Pangolin-CoVやBatCoV RaTG13)との相同性が指摘されています(Lam TT et al. Nature. 2020 Mar 26、Curr Biol. 2020:1346-1351.e2、Xiao K et al. Nature. 2020 May 7)。

新型コロナウイルスは一本鎖プラス鎖RNAウイルスであり、ウイルス粒子表面のエンベロープ(脂質二重膜)に、花弁状のスパイク蛋白(S)の突起を持っています。さらにエンベロープ蛋白(E)、マトリックス蛋白(M)、核蛋白(N)によって構成されています。新型コロナウイルスとSARSウイルスのスパイク蛋白は、アミノ酸配列で高い相同性があり、分子レベルで類似した構造を持っています。SARSウイルスと同様に(Nature. 2003;426:450–454)、スパイク蛋白がヒトの標的細胞の細胞膜上のACE2に結合することで感染します(Nature. 2020;579:265-269、Nature. 2020;579:270-273)。すなわちヒト細胞のACE2が新型コロナウイルスの受容体であることが知られています。

新型コロナウイルスのスパイク蛋白の構造や、ACE2との結合様式を解析した、複数の研究報告があります(Nature. 2020;581:215-220、Nature. 2020;581:221-224、Cell. 2020;181:894-904.e9、Science. 2020;367:1444-1448)。クライオ電子顕微鏡を用いた解析では、新型コロナウイルスのスパイク蛋白は、SARSウイルスより高い親和性でACE2に結合する可能性が指摘されています(Science. 2020;367:1260-1263)。スパイク蛋白は糖鎖修飾をうける糖蛋白であり、その立体構造と糖鎖との関連を検証した報告もあります(Watanabe Y et al. Science. 2020 May 4)。

新型コロナウイルスのスパイク蛋白とACE2の結合を阻害することで、感染を抑制できるため、スパイク蛋白がワクチン開発の標的になると考えられています。新型コロナウイルス感染症から回復した患者から、スパイク蛋白とACE2の結合を阻害する中和抗体が単離されています(Wu Y et al. Science. 2020 May 13)。ACE2と免疫グロブリンの融合蛋白によって新型コロナウイルスを捕捉することで、感染を抑制するような実験モデルも報告されています(Nat Commun. 2020;11:2070)。ヒト可溶性ACE2はすでに治療薬として開発されており、オルガノイドモデルでは新型コロナウイルスの感染抑制効果が確認されています(Cell. 2020;181:905-913.e7)。

新型コロナウイルスのゲノムは一本鎖RNA(約3万塩基)で構成されており、DNAより安定性が低く、突然変異が生じやすいことが知られています。世界各国において新型コロナウイルスのゲノム配列が解読され、これがデータベースGISAIDに登録されています(https://www.gisaid.org/)。塩基変異をリアルタイムに追跡するツールも公開されています(https://nextstrain.org/)。

新型コロナウイルスの塩基配列データを比較した系統発生ネットワーク分析では、東アジアに多いB型と、米国・ヨーロッパに多いA型・C型とに大別できると報告されています(Proc Natl Acad Sci U S A. 2020;117:9241-9243)。新型コロナウイルスの変異速度はSARSウイルスよりも低く、スパイク蛋白をコードする配列は比較的安定であることも報告されています(Jia Y et al. bioRxiv. 2020 April 11)。

国立感染症研究所からも分子疫学調査の報告があります。日本国内での新型コロナウイルス感染者562人においてウイルスゲノム解読が行われ、世界のデータと統合することで、ウイルス株の親子関係を示すハプロタイプネットワーク図が作成されました(下記参照)。
https://www.niid.go.jp/niid/images/research_info/genome-2020_SARS-CoV-MolecularEpidemiology.pdf
この解析によると、初期の中国経由(第1波)の封じ込めに成功した⼀⽅で、検疫が強化される2020年3⽉中旬までに、海外からの帰国者を介して、欧米経由(第2波)の流⼊を許し、数週間のうちに全国各地に拡散したことが⽰唆されています。

新型コロナウイルスは、ヒト細胞のACE2に結合してから、細胞表面のプロテアーゼTMPRSS2(Cell. 2020;181:271-280.e8)、あるいは細胞内のプロテアーゼcathepsin L(Nat Commun. 2020;11:1620)によってスパイク蛋白が切断・活性化されることで、ウイルスが細胞内へ侵入します。TMPRSS2を発現する細胞を用いると、新型コロナウイルスが効率よく分離・増殖できることが国立感染症研究所より報告されています(Proc Natl Acad Sci U S A. 2020;117:7001-7003)。

新型コロナウイルスのスパイク蛋白には、プロテアーゼfurinの認識配列が存在しており、この点がSARSウイルスと異なった構造的な特徴です(Cell. 2020;181:281-292.e6)。furinはヒト組織中に幅広く分布しており、これが新型コロナウイルスの高い感染性と関連している可能性が推測されています(Shang J et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 May 6)。

ヒト細胞に侵入した新型コロナウイルスのゲノム(一本鎖プラス鎖RNA)から、まずRNAポリメラーゼが翻訳され、この酵素によって相補性のマイナス鎖RNAの転写が起こり、さらにサブゲノミックmRNAが生成されます。スパイク蛋白などの構造蛋白は、サブゲノミックmRNAから翻訳されることが知られています。韓国の研究グループは、ナノポアシーケンシングやDNAナノボールシーケンシングといった技術を駆使して、新型コロナウイルスのトランスクリプトーム解析(網羅的なRNA発現解析)を行っており、複雑な転写パターンやRNA修飾が見出されています(Cell. 2020;181:914-921.e10)。新型コロナウイルスに感染したヒト細胞における蛋白質発現の経時的変化を質量分析で同定した研究報告もあります(Bojkova D et al. Nature. 2020 May 14)。新型コロナウイルス・宿主間の相互作用メカニズムのリポジトリも構築されています(https://covid.pages.uni.lu/)。

近年になり単一細胞(シングルセル)レベルでの解析技術が進歩しており、主に遺伝子発現パターンに基づいて個々の細胞のプロファイリングを行う、Human Cell Atlasと呼ばれる国際プロジェクトが進んでいます(https://www.humancellatlas.org/)。単一細胞レベルでの遺伝子発現データを活用した解析で、新型コロナウイルス感染症の病態を解明しようとする試みがなされています(https://www.covid19cellatlas.org/)。

ACE2およびTMPRSSを発現する細胞は、主に気道・肺および腸管の上皮細胞(粘膜細胞)であり、特に鼻粘膜上皮細胞に強く発現していることが報告されています(Nat Med. 2020;26:681-687)。自衛隊中央病院からの報告によると、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号から搬送された新型コロナウイルス感染症患者では、上気道炎症状(咽頭痛・鼻汁)が認められています(下記参照)。
https://www.mod.go.jp/gsdf/chosp/page/report.html
上気道において新型コロナウイルスの活発な増殖・排出がなされることが示されており、この点は上気道よりも肺組織で増殖するSARSウイルスと対照的です(Wölfel R et al. Nature. 2020 Apr 1)。

ヒトやアカゲザルにおける単一細胞レベルの遺伝子発現データのメタ解析では、鼻粘膜上皮の粘液分泌細胞、II型肺胞上皮細胞、腸粘膜上皮の吸収腸細胞が、ACE2およびTMPRSSを発現していることが確認されています(Ziegler CGK et al. Cell. 2020 Apr 27)。ウイルス感染によって、ヒト細胞からは抗ウイルス作用のあるインターフェロンが産生されます。ACE2およびTMPRSSを発現している上皮細胞では、インターフェロンによって誘導される遺伝子群の発現レベルが高いことも確認されました。さらに培養した上皮細胞では、インターフェロン刺激によってACE2の発現上昇が認められています。気管支上皮細胞の一部でもACE2とTMRSS2の発現が確認されています(EMBO J. 2020:e105114)。喫煙者や慢性閉塞性肺疾患の気道上皮細胞においてACE2の発現が上昇しているとの研究報告もあります(Leung JM et al. Eur Respir J. 2020 May 14)。

新型コロナウイルスの主な感染部位は気道・肺であり、新型コロナウイルス感染症が致死的となる要因は、肺炎や急性呼吸窮迫症候群(ARDS)が重症化することによる呼吸不全です。新型コロナウイルス感染症の多くの患者では発熱・咳・呼吸困難の症状がみられますが、下痢の症状も少なくありません(N Engl J Med. 2020;382:1708-1720、Goyal P et al. N Engl J Med. 2020 Apr 17)。ヒトやコウモリの腸管オルガノイドのモデルで、新型コロナウイルスが感染しうることが示されており(Lamers MM et al. Science. 2020 May 1、Zhou J et al. Nat Med. 2020 May 13)、糞便からも新型コロナウイルスが検出されることが知られています(Wang W et al. JAMA. 2020 Mar 11)。新型コロナウイルスが呼吸器系だけでなく消化管にも感染しうることは、感染予防対策を講じる上で注意すべきであると思われます。

PCR検査で新型コロナウイルス感染が確認されても無症状であることが少なくありません。症状がない段階でも、鼻腔や咽頭からの新型コロナウイルスの排出があり、他者に感染させる可能性があることは、公衆衛生の観点から重要な点です(Arons MM et al. N Engl J Med. 2020 Apr 24)。SARSウイルスでは、症状のない患者から他者への感染は知られておらず(N Engl J Med. 2003;349:2431–2441)、この点は新型コロナウイルスの際立った特徴であるといえます。新型コロナウイルス感染症の発症2日前の段階から他者への感染性があるとの報告があり(Nat Med. 2020;26:672-675)、新型コロナウイルスの感染可能期間は「症状を呈した 2 日前から隔離開始までの間」との前提で、保健所による積極的疫学調査が行われるようになっています。

新型コロナウイルス感染症に対して、RNAポリメラーゼの作用を阻害するファビピラビル(アビガン)、レムデシビルなどの抗ウイルス薬の臨床試験が行われており(Grein J et al. N Engl J Med. 2020 Apr 10)、レムデシビルはすでに承認されています。この他にも既存薬から新型コロナウイルス感染症に有効な治療薬を探し出す、ドラッグリポジショニングの試みがなされています(Cell Discov. 2020;6:14、Shaffer L. Nat Med. 2020 May 15)。新型コロナウイルスのスパイク蛋白の他に、ウイルス増殖に必要な酵素であるRNAポリメラーゼやメインプロテアーゼも治療標的分子となると考えられています。

東京大学医科学研究所の研究グループは、新型コロナウイルスのスパイク蛋白、ACE2、TMPRSS2に依存した、培養細胞の膜融合アッセイ系により、セリンプロテアーゼ阻害剤ナファモスタットが治療薬候補になることを報告しました(下記参照)。
https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/content/000002328.pdf
東京大学医学部附属病院などの医療機関では、新型コロナウイルス感染症に対するファビピラビルとナファモスタットの併用による治療効果を検証する臨床研究が開始されています(下記参照)。
https://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/__icsFiles/afieldfile/2020/05/08/release_20200508.pdf

新型コロナウイルスの蛋白と結合しうるヒト細胞の蛋白を、アフィニティー精製質量分析によって、網羅的に探索した研究があります(Gordon DE et al. Nature. 2020 Apr 30)。この解析により332個の蛋白質間相互作用と、これを標的とした治療薬候補が同定されています。東京理科大学などの研究グループは、約300種類の承認薬の、新型コロナウイルス増殖への効果を検証し、ネルフィナビルとセファランチンの併用が抗ウイルス効果を示すことを見出しました(Ohashi H et al. bioRxiv. 2020 April 15)。

RNAポリメラーゼの構造解析の研究が進んでおり(Science. 2020;368:779-782)、レムデシビルの作用メカニズムについての理解も深まっています(Yin W et al. Science. 2020 May 1.)。メインプロテアーゼの構造解析に基づいた創薬の試みも進んでいます(Science. 2020;368:409-412、Dai W et al. Science. 2020 Apr 22)。メインプロテアーゼの立体構造をもとに、コンピューターによるバーチャルな解析によって、1万個以上の化合物スクリーニングを行った研究では、エブセレンなどの治療薬候補が同定されています(Jin Z et al. Nature. 2020 Apr 9)。

新型コロナウイルスの蛋白の構造情報は日本蛋白質構造データバンク(PDBJ)で公開されています。さらに新型コロナウイルスの蛋白と治療薬候補化合物の分子間相互作用をフラグメント分子軌道法で計算したデータベース(FMODB)も公開されています。今後もコンピューターを用いた研究の発展が期待されており、理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」は、新型コロナウイルスの研究に関して優先的に利用できるようになっています。さらに分散コンピューティングプロジェクトFolding@homeも新型コロナウイルスの解析に取り組んでいます。

新型コロナウイルス感染によって、細胞レベル・個体レベルで特有の免疫応答が生じ、サイトカイン・ケモカインの産生が亢進することが示されています(Zhou Z et al. Cell Host Microbe. 2020 May 4、Blanco-Melo et al. Cell. 2020 May 28)。新型コロナウイルス感染症の一部の患者で、ARDSなどの多臓器不全が生じるメカニズムとして、サイトカインストームとよばれる病態が関与している可能性があります(Lancet. 2020;395:1033-1034)。大量に産生された炎症性サイトカインによって、過剰な炎症反応が惹き起こされ、様々な臓器に致命的な傷害を生じる状態です。新型コロナウイルス感染症の重症例では、IL-6・IL-10・TNF-alphaなどのサイトカインの血液中の濃度上昇、Tリンパ球の細胞数低下や機能異常がみられたとの報告があります(J Clin Invest. 2020;130:2620-2629)。

気管支肺胞洗浄液中の免疫細胞の単一細胞レベルでの解析では、重症例において、単球由来のマクロファージの集積や、IL-6・IL-8・IL-1betaなどのサイトカイン濃度の上昇が認められています(Liao M et al. Nat Med. 2020 May 12)。特にIL-6のシグナル増幅が新型コロナウイルス感染症の重症化に関与している可能性が指摘されています(Hirano T et al. Immunity. 2020 Apr 19)。重症の新型コロナウイルス感染症の治療として、IL-6の作用を阻害するトシリズマブ(抗IL-6受容体抗体)の臨床試験が行われており、炎症反応や呼吸状態を改善させる効果があったとの報告もあります(Xu X et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 Apr 29)。

新型コロナウイルスは、人類がおそらく初めて遭遇した新興感染症である一方で、野生動物から伝播した人畜共通感染症であることは、重要な視点であると思われます。新型コロナウイルスはネコやフェレットに感染することが実験的に示されています(Shi J et al. Science. 2020 Apr 8)。フェレットでは別個体へのウイルスの伝播も確認されています(Cell Host Microbe. 2020;27:704-709.e2)。さらに新型コロナウイルス感染症の患者から、飼育されていた犬への感染事例も報告されています(Sit THC et al. Nature. 2020 May 14)。東京大学医科学研究所などの研究グループは、新型コロナウイルスがネコの呼吸器において増殖し、ネコ間で接触感染することを報告しました(Halfmann PJ et al. N Engl J Med. 2020 May 13)。

ヒトの新型コロナウイルス感染症の動物モデルの構築は、治療薬やワクチンの開発において重要です。ハムスターでは新型コロナウイルスの感染、鼻粘膜・肺・腸管におけるウイルス増殖、肺炎の発症、別個体へのウイルスの伝播、が生じることが示されており、ハムスターがモデル動物としての有用であると思われます(Sia SF et al. Nature. 2020 May 14)。さらにヒトと類縁関係が近い霊長類のアカゲザル(Munster VJ et al. Nature. 2020 May 12)やカニクイザル(Rockx B et al. Science. 2020 Apr 17)でも、ウイルス増殖・肺炎の発症・抗体の産生など、ヒトと同様の病態を示すことが確認さています。

全世界で新型コロナウイルスに対するワクチンの開発が進められています(Immunity. 2020;52(4):583-589)。中国で開発された不活化ワクチンでは、すでにアカゲサルでの効果が報告されています(Gao Q et al. Science. 2020 May 6)。米国国立衛生研究所のデータベース(https://clinicaltrials.gov/)を参照すると、新型コロナウイルス感染症に対して、すでに多数の臨床試験が進行中ないし計画されています。

新型コロナウイルスに関する論文数は、2020年5月の段階で1万報を超えています。新型コロナウイルス感染症の病態解明や治療薬・ワクチンの開発に向けて、精力的な研究が展開されており、着実に成果が上がっていると思われます。