新型コロナウイルス感染症と嗅覚・味覚障害

V-6) 新型コロナウイルス感染症と嗅覚・味覚障害

新型コロナウイルス感染症の初期に、嗅覚・味覚障害が生じた人が多数みられたという報告が増加しています。一般的な感冒後の嗅覚障害とはやや症状、経過が異なるため、感冒後嗅覚障害について概説したのち、新型コロナウイルス感染症による嗅覚・味覚障害について述べさせていただきます。

【一般的な感冒後嗅覚障害について】
感冒罹患後に感冒の症状が改善しても、嗅覚障害が残存する場合があり、その病態を感冒後嗅覚障害と呼び、嗅覚障害全体の2割程度を占めるといわれます。
嗅覚障害のメカニズムとして、ウイルスが直接神経組織を障害するというメカニズムと、ウイルスに対する免疫応答により炎症細胞浸潤が生じ、炎症細胞による組織障害因子で二次的に神経障害を生じるメカニズムが考えられています。ライノウイルス、アデノウイルス、コクサッキーウイルス,エコーウイルス,パラミキソウイルス、RS ウイルスが原因ウイルスとして推定されています。

一般に嗅覚障害の程度が軽度であれば半年程度で自覚的に治癒に至ることが多く、中等度から高度の障害では発症後半年たってようやく自覚的に改善が始まることが多いといわれています。長期的には、全体として80%の患者さんが改善しますが、完全にもどるのは3割程度と報告されています(※1)。

【新型コロナウイルスによる嗅覚・味覚障害】
新型コロナウイルス感染による嗅覚障害に関して、鼻閉や鼻汁といった鼻炎症状とともに嗅覚障害が生じた場合だけでなく、鼻炎症状がないにもかかわらず突然に重度の嗅覚障害だけが生じたとする報告が散見されます。後者の例は感冒後嗅覚障害では一般的ではない症状です。

新型コロナウイルスにより嗅覚障害が生じるメカニズムは、まだ十分には解明されていませんが、想定されるメカニズムとして以下の様なものがあげられます。通常のウイルス性感冒と同様に、鼻粘膜の浮腫、鼻汁といった鼻炎症状により匂いを感知する嗅細胞まで匂い物質が到達できないことが原因の可能性に加え、新型コロナウイルスには神経親和性があるといわれることから、ウイルスによる直接的な神経の障害の可能性も考えられます。ただ、後に述べるように、新型コロナウイルスによる嗅覚・味覚障害は、神経そのものの障害とするには早期に改善する例が多いため、神経自体の障害というより、神経周辺にある嗅細胞の支持細胞等への障害により、嗅神経の機能が阻害されている可能性も考えられます。

味覚障害に関しては、舌の味覚をつかさどる組織である味蕾や神経へのウイルスによる障害に加え、嗅覚障害に伴い食品の匂いがわからないことによる風味の障害が機序として想定されます。

【陽性率】
欧州の多施設において軽症から中等症の患者415人に対して行ったアンケート調査の結果では、85.6%の人に嗅覚障害がみられ、88.0%の人に味覚障害がみられたと報告されています(※2)。

また、カルフォルニア大学でインフルエンザ様の症状をもつ患者に対してPCR検査を行ったアンケート調査では、陽性患者59人のうち嗅覚障害は40名(68%)、味覚障害は42名(71%)でした。陰性患者207人のうち嗅覚障害は33名(16%)、味覚障害は35人(17%)にみられ、インフルエンザを含めた一般的な感冒よりも嗅覚障害、味覚障害が多くみられるようです。また、多変量解析の結果、嗅覚障害・味覚障害を有する場合は、他の原因を有する場合よりCOVID-19感染の可能性が10倍以上高かったと報告しています(※3)。

鼻づまりや鼻汁などの鼻炎症状がないうちから嗅覚障害を発症した患者は、18.2%であったと報告されています(※2)

【重症度】欧州のデータでは、79.6%で嗅覚脱失(嗅覚の完全欠如)、20.4%が嗅覚鈍麻(嗅覚の低下)であり、障害の程度は重度であることが多いようです(※2)。

【改善までの期間】
嗅覚に関して感染から回復後1週間で72.6%の方が回復したと報告しています(※3)。しかし、現状ではフォローアップ期間も短く、全例で早期に回復するかの判断には、今後のさらなる研究が必要です。

【突然嗅覚障害・味覚障害が生じたら】
上記のように、急に嗅覚・味覚障害が生じた場合、新型コロナウイルスに感染した可能性が高いと考えられます。しかし、現状では嗅覚障害・味覚障害だけの症状ではPCR検査の基準にはあてはまらず、PCR検査の対象にならない可能性が高いですが、今後検査基準が変更になる可能性はあります。まずはお近くの帰国者・接触者相談センターに相談してください。厚生労働省のホームページからも情報を得ることができます(※4)。

※1 https://doi.org/10.2500/ajra.2014.28.4102
※2 https://link.springer.com/article/10.1007/s00405-020-05965-1
※3 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/alr.22579
※4 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/covid19-kikokusyasessyokusya.html