COVID-19の治療 (2021/10/01改訂版)

〔まとめ〕新型コロナウイルス感染症とは(2021/07/21改訂)/東京大学 保健センター (u-tokyo.ac.jp)

II-4) 治療

 例えばインフルエンザウイルスの治療では、細胞内に侵入したウイルスの増殖を抑える薬剤、あるいは増殖したウイルスが細胞から放出されるステップを阻害する薬剤などが開発されており、ウイルスそのものを標的とすることができます。しかし2020年4月現在、新型コロナウイルスを直接標的とする確立した治療薬はありません。基本的には熱を下げる、酸素を投与するなどの対症療法を行いながら、自分の免疫力によって体内のウイルスが駆逐されるのを待つことになります。一般の風邪のように、ほとんど重症化しないウイルス感染症の場合にはそれで問題になりませんが、新型コロナウイルス感染症では一部で重症化し、対症療法だけでは治癒できないケースがあるため、重症化を防いで治癒を早める治療薬が必要になります。大きく分けて、ウイルスそのものを標的とする薬剤と、ウイルス感染の結果起こる炎症の重症化を抑制する治療薬とに分けられます。

 新型コロナウイルス感染症に対する治療薬の開発は、主に既存の薬剤の中から有効なものを探索する取り組みとして進められています。一定の効果があったとする報告もありますが、必ずしもきちんとした臨床試験の形にはなっていないものも多く、未だ確立した治療とはなっていないのが現状です。多くの薬剤において臨床試験が計画・実施されつつあり、その結果によって知見も変化してゆくものと思われます。最近のreview (1)などを参考に主なものを紹介します。

Remdesivir

エボラウイルス、コロナウイルスを含むRNAウイルスの治療薬を探索する中で、比較的新しく開発されたRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤で、ウイルスの増殖を抑制する効果が期待できます。エボラ出血熱の治療に試験的に使用されたことがありました。新型コロナウイルス感染症に対しては動物実験においての有効性の高さからヒトでの効果も期待されています。

2020年4月29日、NIHは重症例の新型コロナウイルス感染症を対象としたremdesivirの臨床試験の中間報告を行い、remdesivir投与群において回復までの期間が31%短縮した(11日間対15日間)ことが示されました (2)。致死率も低下傾向を示しましたが、はっきりした(統計学的に有意な)差ではありませんでした。一方、同日科学誌Lancetに報告された論文では、remdesivirは回復までの期間は短縮されなかったと報告されています(3)。発症10日目までの症例では、有意差はないものの回復が早まる傾向があったため、より大規模な試験での検証が必要であるとも記されています。これらの結果を踏まえて米国FDAは2020年5月1日、remdesivirの新型コロナウイルス感染症への投与を重症例に限った緊急使用として承認しました。さらにこれを受けて製薬会社Gilead Sciences社は日本でも承認を申請し、2020年5月7日に日本初の新型コロナウイルス治療薬として承認されました。

Dexamethasone(デキサメタゾン)

2020年7月、酸素の吸入や人工呼吸器を使用しているような重症者に対するデキサメタゾン投与により死亡リスクが低下したことがNew England Journal of Medicineに報告されました (4)。また2020年7月21日、厚生労働省が公開している「新型コロナウイルス感染症診療の手引き第2.2版」にデキサメタゾンが追加されました。デキサメタゾンは合成副腎皮質ホルモン製剤であり、これまでもコロナウイルス感染症に限らず、重症呼吸器感染症などに対する治療薬として以前から使用されていましたが、これが新型コロナウイルス感染症の特に重症者に対しても有効であるということが明らかになり、推奨されるようになりました。

Baricitinib

BaricitinibはJanus kinase1 (JAK1), JAK2の阻害薬で、2021年4月23日、新型コロナウイルス感染症の治療薬として承認されました。JAK1, JAK2はIL-6などの様々なサイトカインのシグナル伝達に関わる分子で、baraicitinibはこの分子を阻害して炎症性サイトカインの働きを抑制するために使用されます。既に慢性関節リウマチなどの炎症性疾患に使用されている薬剤です。New England Journal of Medicine にRemdesivirとの併用により、Remdesivir単剤と比較して酸素吸入を要する中等症以上の症例の治療効果が改善したことが報告されています (5)。二重盲検でランダム化されプラセボを使用した多施設研究であり、治療効果が高いだけではなく副作用も少なくなったという結果でした。NIHのガイドラインではdexamethasoneなどのステロイドが使用できない場合に推奨されています。

抗新型コロナウイルス抗体

2021年2月現在、数種類の新型コロナウイルスに対するモノクローナル抗体が医薬品として製造され、臨床試験が進行中です。2020年11月に米国FDAはbamlanivimab及びcasirivimabとimdevimabの併用療法について非入院でかつ重症化リスクの高い症例に限り緊急使用を許可しました。正式承認や推奨に至るには臨床試験の結果を待つ必要があります。

2021年7月19日、Regeneron社によって開発された遺伝子組み換えヒト型モノクローナル抗体カクテル薬(casirivimabとimdevimab)が日本において承認されました。いずれの抗体も新型コロナウイルスのSタンパクにおける受容体結合部位に非競合的に結合します。対象は重症化リスクの高い、かつ酸素投与を受けていない新型コロナウイルス感染症の患者です。有効性・安全性に関する根拠としては海外の第Ⅰ-Ⅲ相臨床試験(COV-2067試験、参考文献6,7)及び国内第Ⅰ相臨床試験であり、承認時点においてまだ論文化はされていませんが、より高用量での臨床試験では投与後のウイルス量や病院受診回数が抑制されたという報告がNew England Journal of Medicineに掲載されています(8)。海外臨床試験のデータによると、二重盲検ランダム化プラセボ使用の臨床試験が行われ、無作為化後29日目までの入院もしくは死亡のイベントが3.2%から1.0%に低下し、70%のリスク低下を示しました。
2021年9月27日、グラクソ・スミスクライン社とVir Biotechnology社により開発されたモノクローナル抗体薬であるSotrovimab(ソトロビマブ)の、重症化リスクの高い軽症から中等症の新型コロナウイルス感染症への使用が特例承認されました。海外での第Ⅲ相臨床試験(COMET-ICE試験)の結果によるもので、軽症から中等症で重症化リスクの高い新型コロナウイルス患者の重症化率を7%から1%に低下させることが示されました。この臨床試験は多施設、二重盲検、ランダム化された試験であり、承認時点ではまだ査読を経ていない論文として公開されています(9)。

Favipiravir(製品名アビガン)

インフルエンザ治療薬として日本で開発されたRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤で、日本においてはインフルエンザの治療薬として条件付きで認可されています。新型コロナウイルスへの効果が期待されており、査読前の報告ですが後述のumifenovirという薬剤との比較では、重症と中等症を併せた比較では臨床的な回復に差が見られなかったものの、中等症のみの比較では臨床的な回復が認められました (10)。また発熱や咳の改善も早かったとされています。新型コロナウイルス感染症の治療薬として認可されるためには、やはり臨床試験の結果が必要です。催奇形性への懸念があり、母乳・精液への移行も確認されているため使用の際は注意が必要です。2020年5月現在、日本では既に治験として多くの病院で使用されていますが、既にインフルエンザで承認された薬剤であるため、新型コロナウイルス感染症への早期の適応拡大が期待されています。

Chloroquine/Hydrochloroquine

マラリアの予防・治療や全身性エリテマトーデス(SLE)の治療に使用される薬剤です。新型コロナウイルスの細胞への侵入過程を阻害する等の効果があるとされています。臨床的に効果があったとする報告も複数ありますが、効果がなかったとする報告もあり、まだ十分なエビデンスがあるとは言えません。心毒性などの副作用にも注意が必要です。Hydrochloroquineに抗生物質azithromycinを併用する治療法に関しても検討されています。2020年4月23日、査読前の報告ですがhydrochroloquine はazithromycinと併用してもしなくても新型コロナウイルス感染症の致死率を上昇させたという報告があり(11)、当初ほどの期待はされなくなってきています。さらにその後、Hydroxychroloquineの使用は新型コロナウイルス感染症の入院患者の人工呼吸器移行や死亡リスクに影響がなかったという報告がNew England Journal of Medicineに報告されました(12)。

Lopinavir/Ritonavir

HIVの治療に用いられる抗レトロウイルス薬で、ウイルスの複製過程に関わる3-chymotrypsin-like proteaseという酵素の阻害剤です。新型コロナウイルスに対しても増殖を抑制する効果が期待されていますが、これまでの報告では大きな効果が認められていません(13)。

Umifenovir

コロナウイルスが持つ突起部であるS proteinと、宿主細胞表面に存在しウイルスの受容体として機能するアンジオテンシン変換酵素2 (ACE2) の相互作用を阻害することにより、ウイルスの細胞内への侵入を抑制する薬剤です。ロシアと中国においてインフルエンザの治療薬として認可されています。新型コロナウイルスの治療で効果を認めたとする報告もありますが、報告数も少なく、まだエビデンスとしては確立していません。

Camostat mesylate/Nafamostat mesylate

これらの薬剤は膵炎の治療で使用される、蛋白分解酵素の阻害薬です。Camostat mesylateが宿主細胞側のTMPRSS2という蛋白分解酵素の働きによる膜融合プロセスを阻害することにより、新型コロナウイルスの細胞への侵入を防ぐ働きを持つことが報告されました (14)。また東京大学医科学研究所は、同様の効果を持つNafamostat mesylateが、より低濃度で新型コロナウイルスの細胞への侵入を阻止する効果を示すという結果を発表しています (15)。これらの結果は細胞株を用いた実験によるものであり、新型コロナウイルス感染症への治療効果については今後臨床的な効果を検証した報告が期待されます。

Toclizumab

インターロイキン6 (IL-6) というサイトカインの受容体に対するモノクローナル抗体です。IL-6は他の炎症性サイトカインの暴走(サイトカイン・ストーム)を誘導して炎症を悪化させる働きがあるため、これを阻害することにより炎症の悪化を抑える効果が期待できます。関節リウマチなどの炎症性疾患の治療に用いられています。新型コロナウイルス感染症においても治療効果があったとする報告がありますが、まだ十分なエビデンスの蓄積には至っていません。

血漿(免疫グロブリン)療法

新型コロナウイルス感染症から回復した症例の血漿を投与することにより、新型コロナウイルスそのものや感染した細胞を排除する効果を期待する治療法です。SARSコロナウイルス, MERSコロナウイルス, 新型インフルエンザの流行時に同様の治療法が試みられ、効果を認めたとする報告があります。新型コロナウイルス感染症に対しては、中国から少数例に対する投与の報告がありますが、より多数例での効果検証が必要です。

Ivermectin

Ivermectinは腸管糞線虫や疥癬といった寄生虫疾患の治療薬として使用されている薬剤ですが、試験管内でウイルスの増殖を抑えたという報告に続き、ユタ大学からヒトへの通常用量の投与で新型コロナウイルス感染症の致死率を低下させたという報告があり (16)、治療薬候補として注目を集めています(この論文はその後撤回)。治療効果の評価には今後ランダム化比較試験が必要です。またivermectinの抗ウイルス作用のメカニズムについては、はっきりしたことはわかっていないようです。

Ciclesonide (製品名オルベスコ)

2020年3月2日、日本感染症学会のウェブサイトに、3例の新型コロナウイルス感染症症例に対する吸入ステロイド薬ciclesonideの治療効果を報告する症例報告が掲載されました(17)。今後臨床試験が行われ、その有効性が検証されることになります。なおステロイド一般に抗炎症作用があることは知られていますが、下記米国感染症学会による診療ガイドラインでは、エビデンスの不足からステロイド全般の使用については推奨されていません。

診療ガイドライン

2020年4月11日、米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America)より新型コロナウイルス 感染症の診療ガイドラインが発表されました(https://www.idsociety.org/practice-guideline/covid-19-guideline-treatment-and-management)。

また2020年4月21日にNIHより新型コロナウイルス感染症の診療ガイドラインが発表されました(https://covid19treatmentguidelines.nih.gov)。発表時点ではいかなる薬剤も、新型コロナウイルス感染症に対して安全で有効であることは証明されていない、とのことです。今後の臨床試験の結果によってアップデートされてゆくものと思われます。

参考文献

(1) Sanders JM, et al. Pharmacologic Treatments for Coronavirus Disease 2019 (COVID-19): A Review. JAMA.2020 Apr 13.

(2) https://www.nih.gov/news-events/news-releases/nih-clinical-trial-shows-remdesivir-accelerates-recovery-advanced-covid-19

(3) Wang Y, et al. Remdesivir in adults with severe COVID-19: a randomised, double-blind, placebo-controlled, multicentre trial. Lancet.2020 Apr 29.

(4) Mafham et al. Dexamethasone in Hospitalized Patients with Covid-19 - Preliminary Report. N Engl J Med. 2020 Jul 17;NEJMoa2021436

(5) Kalil et al. Baricitinib plus Remdesivir for Hospitalized Adults with Covid-19. N Engl J Med 2021 Mar 4;384(9):795-807

(6) https://www.chugai-pharm.co.jp/news/detail/20210402150000_1096.html

(7) https://www.roche.com/media/releases/med-cor-2021-03-23.htm

(8) Weinreich DM, et al. REGN-COV2, a Neutralizing Antibody Cocktail, in Outpatients with Covid-19. N Engl J Med. 2021 Jan 21;384(3):238-251.

(9) https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.05.27.21257096v1

(10) https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.03.17.20037432v4

(11) https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.04.16.20065920v2

(12) Geleris J, et al. Observational Study of Hydroxychloroquine in Hospitalized Patients with Covid-19. N Engl J Med 2020 Jun 18; 382:2411-2418

(13) Cao B, et al. A Trial of Lopinavir–Ritonavir in Adults Hospitalized with Severe Covid-19. N Engl J Med 2020 May 7; 382:1787-1799

(14) Hoffman M, et al. SARS-CoV-2 Cell Entry Depends on ACE2 and TMPRSS2 and Is Blocked by a Clinically Proven Protease Inhibitor. Cell.2020;181(2),271-280

(15) https://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/about/press/page_00060.html

(16) Patel A. Usefulness of Ivermectin in COVID-19 Illness. SSRN. 2020 Apr 19.

(17) https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/topics/2019ncov/covid19_casereport_200310.pdf